【日本人】そのルーツを考える|小樽 山歩き キノコなど

日本人
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日本人の気質

日本人の気質はどこに起因するのでしょうか。たとえば何か物事をしてもらった時、「すいません」をよく使います。「ありがとう」が適切な時でもすいませんを連発します。かく言う私も毎日使っています。おそらくアメリカや中国では考えられないでしょう。民主主義と共産主義のイデオロギーの違いこそあれ、自分から折れたり、謝罪したりすることは、不利な立場に立つことになり相手は「そうだ、お前が悪い」とたたみかけてくるでしょう。個人主義がもっとも発達した彼らには使用しない言葉でしょう。対立する2大国ですが、似た者同士の印象があります。では日本人の間ですいませんを使った場合相手は、「いやいや、お互いさまです」などとなり威圧はしないでしょう。これはなぜか。ひとつには、自分の立場を少し引く癖があり、低姿勢でいると楽なのではないでしょうか。我も我もという気質が弱いのでしょう。相手も自分を高く見せようという態度は疲れるのかもしれません。それは遥か縄文人にまで遡る気質が影響している気がします。

少し日本人のルーツを考察したいと思います。日本列島に人々が移住したのは旧石器時代、約3万8000年前~約1万3000年前とされ定住はせず狩猟採集生活をしていたとされます。その後縄文人と呼ばれる人々が入り、徐々に旧石器時代人と融合し定住生活を始めたと考えられます。それは約1万3000年前~約2300年前まで縄文人として日本列島で生活していたようです。そして約2300年前~250年前まで弥生時代が続くのですが、縄文時代人は約1万年にわたって日本列島、主に東日本に定住していたようです。一説によると縄文時代の全人口は26万人、そのうち東日本には24万人が暮らしていたと言います。今より温暖な気候で狩猟採集生活を続け、武器が発見されていないことや人骨に人為的な傷痕がなかったことなど争いごとはなく平和に暮らしていたようです。さて、その日本列島はアジアの東端に位置し、様々な民族が流入したのではないでしょうか。言葉は悪いですが東を目指した民族の吹き溜まりのような気域だったのかもしれません。たとえば、北方騎馬民族や中国大陸、朝鮮半島、東南アジア、西アジアからも来たようです。それは人種のるつぼならぬ、民族のるつぼだったのではないでしょうか。縄文時代から弥生時代にかけてこの流入が繰り返されたと考えます。そして国が形成されていく時代に続いていきます。話を現代日本人に戻しますが、今も縄文人のDNAを15%持っているそうです。ひょっとしたらこのDNAが争いのない平和な暮らしを望む日本人に色濃く影響しているような気がします。とは言え日本も世界と同様、争いの絶えない血なまぐさい歴史を繰り返してきました。この負の歴史を踏まえ、縄文人の人々の素朴な生活を脳裏の片隅に置き暮らしていきたいものです。

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